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2014年8月

高齢者の『性』の捉え方を文学から学ぶ

6.高齢男性の『性』捉え方を文学から学ぶ

「高齢者の性」についてどのように捉えているのか、文学の世界から23取り上げてみたいと考えます。老人の性を描いたものには、谷崎潤一郎の「鍵(1956)」、「瘋癲老人日記(1962)」や川端康成の「眠れる美女(1961)」に代表されているようですが、渡辺淳一の「失楽園(1997)」から男性の視点で捉えてみたいと思います。

6-1.渡辺淳一の「失楽園」からみる高齢男性の捉え方

渡辺淳一の「失楽園」に男性の性の捉え方の鍵が隠されています。参考に特徴的なところを拾い上げてみます。

ある出版社の編集の第一線から閑職の調査室配属を命じられた久木祥一郎(54歳)の前にカルチャーセンターで書道の講師をしている松原凛子(37歳)という美しい人妻が現れ、“楷書の君"と呼ばれているほど折り目正しく淑やかな女性に恋い焦がれていく久木との不倫関係を描いた物語です。

①受動より能動のほうに、男としての生き甲斐を見出していく

メスに比べて本質的に性の快楽自体が薄いオスは、自らの快楽に浸るより、相手が満ちてのぼり詰めていく、その経過を確認することで満足し、納得する。とくに久木(54歳)の年齢になると、若者のように荒々しく求める気持ちは薄れ、むしろ相手に悦びを感じさせ、満ちて果てさせる、その受動より能動のほうに、男としての生き甲斐を見出していく。相手だけに一方的に心地よくさせて、それで満足できるのかと、首を傾げる女性もいそうだが、はじめからお前は能動で導く側と決められていると、それはそれなりに腰を据えて楽しむ方法もある。

たとえば凜子(37歳)のように、初めは慎ましやかに、楷書のようにきっかりした女が、さまざまな拘束から解き放たれ、悦びを知り燃えていく。そしてさらには、一人の成熟した女として奔放に振る舞い、ついには深々と淫蕩な世界に耽溺する。それはまさしく女体が崩れていく過程だが、同時に女体が秘めていた本然に戻る姿であり、その変貌を見届けることほど、男にとって刺激的で、感動的なものはない。

その経緯をつぶさに見れば、人間が、女性が、そして女体が、どのようなもので、そのなかになにを秘め、どのように変わるのか、その実態を軀でじかに感知することができる。

ポイント:若者のように荒々しく求めるのではなく、相手に悦びを感じさせ、満ちて果てさせることが大切なことではないでしょうか。

② 鏡像効果(ミラーリング効果):「男もそれに煽られ、追いかけて…」

だが、観察者や傍観者として得られる悦びにも、自ずから限界がある。いかに自らは性の開発者で観察者だといったところで、性が軀と軀で接がり、結ばれている以上、一方だけが受身で一方だけが能動などということはありえない。たとえ仕掛けは男が企んだとしても、女がそれを感じて燃え上がり、走りはじめれば男もそれに煽られ、追いかけて、気がつくと男も女も無間地獄のような性の深みにどっぷりと浸かっている。

快楽へのぼり詰める道筋は違うといっても、ともに離れがたく思っている以上、一方だけが地獄へ堕ちるなどということはありえない。

鏡像効果とは相手の反応をみて自らも応えて昂ぶりを示し、それが相手にもつながってお互いにたかめあっていくことを意味しています。

渡辺淳一『失楽園(上)』、株式会社講談社、199737日、第3刷発行、4142頁より

③ もともと性の快楽そのものが薄い男達

もともと性の快楽そのものが薄い男達は、行為そのものより、それに関わるさまざまな反応のほうに関心を抱く。それは愛する女性の燃えていく姿であり、声であり、表情である。それらが万華鏡のように変化しながらゴールを目指して駆けていく。それを知り、実感してこそ、男ははじめて軀と心と両面から満たされていく。

この求め方は、例えばさほど内容のないものに様々に付加価値をつけて、売りつける商法に似ているかもしれない。単純な快楽だけでいえば、男のそれは女性には敵わない。いまだ性的に開発されていない女性ならいざ知らず、豊かに成熟した女性なら、男とは比較にならぬほど強く深く強く感じていく。そのハンディキャップを埋めるために、男達はこれらの付加価値でカバーしていくよりない。

渡辺淳一『失楽園(上)』、株式会社講談社、199737日、第3刷発行、7172頁より

④ 男の高ぶり自体が大脳と密接に関わり、きわめて精神的なもの

性に関わることは、ただ若ければいいということではなさそうである。もともと男の高ぶり自体が大脳と密接に関わり、きわめて精神的なものであるだけに、怯えや不安や、自信喪失などがあっては、ことはスムーズに運ばない。

若いときは体力はあっても、往々にして、その種の精神的な自信に欠けることがある。

それは久木自身にも経験があって、かって入社したころ、5歳年上の女性と際き合っていたことがあった。彼女は新劇の女優の卵で、新宿のバーで働いていたのだが、以前は芸能界でもプレイボーイといわれたプロデューサーと関係があったらしい。もっとも男とはすでに別れていたが、いざ彼女と結ばれる段になって、その男のことが久木の脳裏に甦ってきた。

困ったことに、男は面子とか意地とかいうものにとらわれ易く、女性を抱く以上は、前の男より巧みで、よかったといわれたい。

だがそう願い、そう努めようとすればするほど焦り、萎縮してしまう。

男達がよく、「男のほうがデリケートだ」というのはそのあたりのことで、なまじかな若さより、女性に対する安堵感や自信をもつことのほうが、はるかに大事で有効である。

久木がその女性と接したときもそうで、気ばかり焦るが肝心のものが役に立たず、容易に行為に移れない。いわば、想像のなかのプレイボーイに、若さの肉体が負けたのである。

もっともそのときの女性の対応は、いま振り返っても見事で、萎えて焦っている久木に、「大丈夫よ」といいながら、自信をとり戻すまで優しくつき合ってくれた。

⑤男も女によってつくられる

それにしてももしあのとき、彼女が退屈そうな顔をしたり、冷ややかな言葉を投げかけたら、久木も若くして自信を失い、性的なコンプレックスに悩むことになったかもしれない。

その点では、男も女によってつくられる。あるいは、育てられるというべきかもしれない。

 十分満足させたという、リード役としての喜び

いま、久木が凜子を燃え上がらせている原動力も、元をただせば、そうした女性達に育まれてきた結果、といえなくもない。

女性とともに果てるのもいいが、女性がのぼり詰めて先に行くのを見届け、実感するのも悪くはない。前者は自ら快楽に溺れる悦びだが、後者は、愛する女(ひと)を快楽の花園へ送り届け、十分満足させたという、リード役としての喜びがある。

渡辺淳一『失楽園(上)』、株式会社講談社、199737日、第3刷発行、7576頁より

 女の性感は男によって触発され、開発されていく

それというのも、もともと女の性感は男によって触発され、開発されていくようである。いいかえると、男が近付き、刺激しなければ、女の悦びが目覚めることはほとんどありえない。これに反して、男は生まれながらにして性感を身につけている。少年期、なぜともなく股間のものが蠢き出し、触れるだけで心地よく、自ずと自慰をおぼえて激しい快感とともに射精する。

その過程において女性の手助けは不要で、しかも、その快楽は、現実に女性と接して得る悦びとさほど変わらない。むろん同じとはいえないが、下手に、面倒な女性と接するくらいなら、一人で楽しむのも悪くはない。精神的なものはともかく、単純に快感だけにかぎれば、女性に導かれて目覚めるという類のものではない。

要するに、男の性が初めから一人立ちしているのに対して、女のそれは、しかるべき男性に開発され、啓蒙されて、ようやく一人の成熟した女性となっていく。

渡辺淳一『失楽園(上)』、株式会社講談社、199737日、第3刷発行、220221頁より

6-2.老いのセクシュアリティ

山折哲雄氏は『旧約聖書』の列王記上第1章第1節~第4節によると、「晩年のダビデ王は老齢のため服を重ね着しても体が温まらなくなったため、臣僕たちはダビデに若い処女を抱かせて体を温めようと考え、イスラエルの四方に美しい処女を求めたとあります。その結果、見いだされたのが、シュナミの美少女アビシャグを得てダビデに侍らしてそうでしたが、王は性の交わりには至らなかったという箇所を引用しています。

「王を暖める乙女の夜伽の話と、その美しく若い処女のからだを遂に知ることがなかった王の老残の姿には、たんなる夢物語のシーンを超えるような確かな手触りがある」と語っています。

森崎和江史は、『老いのセクシュアリティ-女にとってのいのちと性-』の中で、次のように引用しています。「…とある年配の女性を訪問した。彼女は一心に祈っていた。ときおりその声が高くなる。『…72歳の女の悩み、どうか、おききとどけを…』え!私は虚を突かれた。72歳の女ですって?72歳って、女なの。そのとき私は18歳。以来、老女に出会う旅を始めた。30代で亡くなった母のトシを、私は老いた女と思っていたふしがあるのだから。…」(岩波講座 現代社会学 第13巻『成熟と老いの社会学』、東京、1997

6-3.伊藤整が語る「高齢女性の性」

伊藤整は、岩波書店が発行している文学誌「世界」に19671月より老年の性を取り上げた『変容』を発表して話題となりました。還暦に近い日本画家の瀧田北冥の物語ですが、女性が60歳を過ぎても充分に性的に活発であり、男性は老年になってもなお、年上の女性に魅力を感じ60半ばの女流歌人、伏見千子について語っています。

「その豊かな崩れかかった身体の中に、深い層をなした思い出を生かし保っていた。人の姿や出来事の記憶、さまざまな機会の涙、怒り、笑い、情感が、遠い過去の反響としてその内部に醗酵し、美酒として満ちていた。多くの老女たちが魅力を失うのは、その精神の枯渇によるのだ。彼女らは生活を恐れて枠にはまり、乾ききってしまう。働きのない夫にしがみついた寄生虫となり、子どもたちの家庭のあまされものとなる恐怖や、少しばかりの財産への執着などに縛られて萎縮するのだ。伏見千子のように、師として歌人たちに取り巻かれ、自分の発表機関を持ち、文筆家として生活していると、その過去の総てが生きて、豊かな人間としての魅力になる、と私は思った」と魅力ある高齢女性を語っています。

また、65歳の舞踏家、前山咲子について、次のように語っています。

「私は老婦人の前山咲子が踊ったときに見せた強い色気を不自然だとは思わなかった。彼女は私より五つ年上であるが、その白髪が銀色の艶を帯びているところは伏見千子を思わせた。伏見千子は、背が私ぐらいあり、胸も厚く、腰も大きく、圧倒するような力ある裸身を開いて見せた。銀狐のように白さを点綴したかくしげに包まれたその暗赤色の開口部は異様に猛々しかった。いま私たちの前で踊り終えた前山咲子は、昔の印象とはちがい、もっと小柄で、その四肢も華奢であった。しかし、その小柄な丸みを帯びた身体の動きは、蝸牛か栄螺のような強く収斂する体質を思わせた。…舞踊のきびしい動作の中にその肉体を鍛えあげ閉じこめたかのように別な存在に見えた」と高齢女性の魅力ある肉体的特徴についても語っています。

7.最後のセックスのすすめ

1987310日付の毎日新聞の家庭欄に『“最後のセックス”のすすめ』という見出しの記事があった。それを紹介してみよう。

「人が死に臨むさいの最後の意識は、一番身近な人に『そばにいてほしい』欲求だという。夫婦なら、夫婦でしか触れることのできない“ぬくもり”を与えることが大切ではないか。ひとつのふとんの中でぬくもりを感じ合うことが『一人ではなかった。生きていてよかった』という確認ではないか-と“最後のセックスのすすめ”を説くのは、東京・中野区立堀江老人福祉センター主査、大工原秀子さん(54)。大工原さんの提唱による『性と死を語る会』が、このほど開かれた」と書かれてあった。

68歳の中沢さんは、82歳の夫を看病中だった。子どもがなく、最後まで自分の力で看取りたい、として大工原さんの指導を受けていた。その指導とは、皮膚を通しての最後の夫婦関係をなさったら、ということで、具合が悪い時は、しっかり抱きしめてあげてくださいと。性行為じゃなくても、性器は若いころからのいろいろな思い出がありましょうから、夫婦でしか触れられない性器へのぬくもりは最後のセックスですよ、というものだった。

とても印象的な教えだったので、最後の引用文として掲げてみました。

南日本新聞社編:「老春の門‐輝け!高齢化社会」株式会社ミネルヴァ書房、京都、1985415日発行

渡辺淳一『失楽園(上)』、株式会社講談社、199737日、第3刷発行

編集委員・井上俊他:『成熟と老いの社会学』岩波講座「現代社会学」13巻、株式会社岩波書店、東京、1997210日、第1刷発行

伊藤整:「変容」岩波文庫、96-2、株式会社岩波書店、1994616日、第4刷発行

大工原秀子:「老人の性」(株)ミネルヴァ書房、京都、1979525日、初版第2版発行

大工原秀子:「性ぬきに老後は語れない(続・老年期の性)」(株)ミネルヴァ書房、京都、1991110日、初版第1版発行

石川弘義、齋藤茂男、我妻洋(共同通信「現代社会と性」委員会):「日本人の性」(株)文芸春秋、東京、198461日、第一版

総編集:武谷雄二:新女性医学体系21生殖・内分泌部門:担当編集:麻生武志『更年期・老年期医学』(株)中山書店、東京、2001930日、第一版

 

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実態調査からみる『高齢者の性』

5.実態調査からみる「高齢者の性」

高齢者の性を取り上げた調査は数少ないようです。実験的に試みられた最初の調査は、1973年に大工原秀子氏の社会学的研究と思われます。この調査は、北海道の苫小牧市と奈井江町、東京都板橋区、愛知県一宮市の4つの地域で、老人クラブの会員で60歳以上の在宅老人を対象として行われたものです。この時期は丁度「高齢化社会」と呼ばれ始めたときでもありました。11


大工原氏は12年後の1985年に同様の調査を行っており、「高齢化社会」という深刻な問題として取り上げられた時期でもありました。この二つの時代背景からどのような変化が起きているのかを紐解いてみたいと考えます。

二つの調査の対象者の背景をみますと、男女共に60歳以上の有配偶率が高くなってきています。男性では7ポイント、女性で13ポイントも上昇しています。更に、年齢区分でみますと60歳代が男性で4ポイント、女性14ポイント上昇しておりやや60歳代が増えているということを念頭に入れておきたいところです。

5-1.高齢者の性機能

高齢者の性機能について問いかけています。男性の勃起能は60歳後半でも有ると答えているのが、1973年では75%、85年では83%と増えています。70歳前半でも76%と8割近くが勃起能を維持しているのです。性的能力は十分にあると云えます。12


女性の腟の潤滑についてみますと85年では60歳後半で濡れると答えているのが36%でした。70歳前半女性も28%が答えています。3割弱の女性が自力で受け入れることが可能だと云えます。だからと言って男性を受け入れるには少々リスクがあります。

なぜなら、高齢女性の腟壁は菲薄となり伸展性も少なくなっています。腟内も潤っていると云えども充分ではありません。高齢男性も勃起はしているとはいっても硬さも充分ではありません。腟内が十分に潤うためのサポートが不可欠です。そのためには様々な工夫が必要となります。

5-2.高齢女性は「性に目覚めている」

大工原氏の調査によりますと、1973年の調査によりますと女性の「性の営み」があるものは、年数回を含めましても44%にしか過ぎませんでした。それが12年後の調査では93%となっています。しかも月一回以上が56%と半数以上にもなってきています。13


性に対する意識が変わってきているのです。頻度は男性と異なってはいるものの対等となってきています。

初回の行われた調査は「高齢化社会」を迎えた時代であり、女性の大学進学率が急上昇し、女性解放運動が盛んに始めたときでもあり、女性の社会進出の兆しでもあったときといえましょう。

また、1985年に行われた2回目の調査の頃は、「女性差別撤廃条約」に基づき「勤労婦人福祉法」は抜本的に改正され「男女雇用機会均等法」が制定されたときでもあり女性の社会進出が多様化し始めていた頃でもありました。女性の多くの意識が大きく変わってきた頃といえましょう。

「性意識」も変化してきたようです。この時代において、男性は両調査においても大きな違いはみられていませんが、女性において大きな違いがみられています。両調査では、女性の4人に1人が「性」を謳歌していましたが、性の営みは男女対等になり始めてきたのです。14


さらに、2012年に行われたジェクス社の「セックス調査」では明確に対等になってきているのです。50歳から69歳までの中高年男女のセックスを月1回以上ある者の割合を2歳階級毎にみてみました。60歳を過ぎても男女とも5074%の割合でセックスが営まれています。「対等な性の営み」となってきているようです。

超高齢社会のなかにいる私たちは、今や「老人の性」ではなく、「高齢者の性」として新たな展開をもたらしてきています。

 

5-3.閉経後女性のセックス・スタイルの変容

閉経周辺(更年期)のセックス・スタイルが変化してきているのです。更年期に入りますと卵巣の機能が低下し始めエストロゲンの分泌が少なくなると前項で説明しました。エストロゲン減少のもたらす影響として、腟壁の潤いは少なくなってきます。腟壁もしだいに菲薄となり伸展性も乏しくなっていきます。まして、この時期には様々な不定愁訴に悩まれ更年期障害を抱え込んでいる女性も多くみられます。セックスなんて考えられるのでしょうか?

でも今では6869歳の女性でも6割が月1回以上のセックスを営んでいます。なぜでしょう?セックスのスタイルが変わってきているのです。

 1960年は65歳以上の男性では7割が妻と共に生活をしていますが、女性からみますと7割が未亡人となっていました。老齢の性は「厭らしいもの」、「汚らしいもの」として「閉ざされた性」となっていました。

② 2010年になりますと未亡人は4割と大幅に少なくなってきました。夫婦共に生活している時代になってきたのです。性の営みがかかわってきているのです。

 そこには性交そのものが欲求であることの多い男性も様変わりしてきました。確かに勃起する5060歳男性はいますが、その硬さは失われていることが多いのです。充分なまでの腟の潤いがないと挿入は難しくなっていることが多いのです。

 射出される精液量も少なくなり、射精時の極致感も弱くなっています。射精が必ずしも「性交」につきものではなくなってきているようです。

 この年代の女性は二人の関係性の中で、『愛されている実感』を希求しているのです。「受け入れる性」そのものが大切なのです。「繋がっている性」で満ち足りているのです。

 高齢男性も「繋がった性」で充足しているのです。

 頻度ではなく、月に一度「繋がる性」で、お互いが幸せ感にあふれているのです。

その証として「女性が感じるオーガスム」があります。オーガスムをよく感じる女性の割合を年代別にみますと図のようになります。年齢が増すにつれ、その割合が増えているのです。60歳代では5割弱となっています。それもマスターベーション(MB)ではなくセックスによるものが8割弱となっています。確かに女性の感じやすい部位として「クリトリス」が挙げられますが、高齢になってきますと腟内でも十分に感じ取れるようになっています。15


このようにして「高齢者の性」はセックススタイルも、若いときの荒々しいセックスよりも、確りと「繋がる性」を男性も女性も求め合うようになってきているのです。歓びの性を得た女性は、男性と対等となり性の営みは永続していくと考えられます。

60歳代では半数近くの女性が「オーガスム」を感じ取っています。オーガスムの項でも述べましたように、腟内の潤滑度は当然のことながら増します。骨盤底筋群は活発な攣縮運動を繰り返します。骨盤腔の血流も盛んになります。全身の血流も良くなっていきます。歓びを感じているのですから脳内の「オキシトシン」の分泌も盛んになっています。光り輝いているのです。

5-4.セックスには健康効果がある

「荒々しい性」から「繋がる性」に変化してきたセックススタイルには高齢者にとって様々な健康効果が表れてきます。

 お互いが裸で触れ合うことは、お互いの脳内には「オキシトシン」が駆け巡っています。相互信頼が増す愛着行動のホルモンです。

 お互いが歓びを分かち合うことにより脳内麻薬といわれるドーパミンも駆け巡り合います。快感・快楽の神経伝達物質です。全身に若さが漲ります。

 適度の運動となり骨盤腔の血流が増し全身の血流も改善されてきます。心循環器系のバランスも改善され、血圧も安定すると云われています。

 事後の睡眠は深く取れるようになりストレスの解消にも繋がるでしょう。至福の営みが朝の目覚めを爽やかにしてくれます。

 オーガスムを感じる女性は膀胱括約筋や骨盤底筋群の攣縮にもつながり、筋力の活性化がみられ尿失禁といった悩みも解消されてくるでしょう。

 男性にとって射精が繰り返されるなら前立腺の肥大やがんなどといった問題も改善されてくると云われています。

 性の営みは、お互いの絆、すなわち会話がスムーズにとれるようになってきます。お互いのコミュニケーションがとれ生活に張りが出てきます。

信頼のホルモン「オキシトシン」の役割を大切に生かしていくことがこれからの生活を豊かで実りあるものにしてくれるものと考えます。

5-5.サイトを賑わしている『高齢者の婚活』

最近、注目されているものに高齢者男性の婚活があります。婚活といえば30~40歳代の年齢層の女性というイメージが浮かんできますが、男性も盛んに婚活の場を求めようとしてきているようです。草食系男子が増えてきたという話題性から、若者たちの出会いの場のイメージが強いのですが、最近では60~70歳代の独身男女も積極的に参加しているようです。そのようなサイトでも楽天が運営する「オーネット」やライブドアが運営する「ユーブライド」等では高齢者もターゲットにしているようです。

「老春の門」でもありましたように1980年代頃から高齢者のペアリングの世話が盛んに行われるようになってきました。

そして新たな第二の人生とでもいうのでしょうか、50歳以降で再婚するケースも増えてきています。2012年では男性20.7千件と42年前に比べ2.8倍増となっています。初婚は6.1倍増の2.2千件です。女性も同様に5.1倍増の12千件となり、初婚も1.7千件となっていました。この数値は総婚姻件数に占める割合は男性で4.6%、女性2.4%と少ないもののかなり増えてきているといえます。16


一方では、別れもあります。2012年の総婚姻件数は553,040件でしたが、この年の総離婚件数は170,738件でした。総婚姻に対して30.8%の割合でした。しかし、50歳以上でみますと男性35,866件で1970年に比べ10.1倍増、女性22,74712.3倍増となっていたのです。熟年離婚の急増です。しかも離婚の申し立ては圧倒的に女性からのものです。より良い伴侶を求めて…との思いからでしょうか!17


いずれにしましても、高齢社会のなかで重要なことは、老後を夫婦ともに、そして生き甲斐のある生活を送ることが大切なことではないでしょうか。

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高齢者の『性』の生理学

4.高齢者の性の生理学

老化とは、生物学的には時間の経過とともに生物の個体に起こる変化を意味し、その中でも生物が死に至るまでの間に起こる機能低下やその過程を指しています。

「男らしさ」、「女らしさ」は、男性の精巣から分泌される男性ホルモン(アンドロゲン)、女性の卵巣から分泌される女性ホルモン(エストロゲン)から形作られています。身も心も共にです。加齢と伴にこれら両ホルモンは低下し、男らしさ、女らしさが失われていきます。それに伴って性機能の衰えを男女とも45歳くらいから感じ始めます。7


このように「性成熟期」から「老年期」へ移行する間に「更年期」と呼ばれる時期があります。ホルモンバランスが安定している「性成熟期」から精巣や卵巣の機能が低下し、その機能低下に対し「もっと働け」という指令をだす「間脳-下垂体」からの刺激ホルモンの分泌が増加してきます。そこで脳と精巣や卵巣の間でホルモンの不協和音が生じてきます。自律神経系が乱れることになります。女性の場合、卵巣の機能の低下は4555歳の間に急激に襲い掛かり、更年期障害となって様々な不定愁訴を訴えますが、男性の場合は精巣の機能低下は緩徐に起きますので男性更年期は人様々で幅があるようです。この期間を更年期と呼び、以降自律神経中枢も落ち着いて老年期へと移り変わっていくのです。

この老年期に移行して老化していくことになります。卵巣や精巣の機能低下とともに、加齢によって様々な臓器や組織も衰えてきます。これを一般的に「老化現象」と呼んでいます。この老化現象に代表されるものに動脈硬化などで知られる血管の老化が挙げられます。これには悪玉コレステロールが原因物質となって血管をしなやかに保っている「弾性繊維」を破壊していきます。この動脈硬化をもたらす原因には、喫煙や暴飲暴食、運動不足、飲酒、肥満など多くの原因があり、動脈硬化によって糖尿病や高血圧症、痛風症や胃潰瘍に至るまで様々な疾患を発症する可能性を持ちます。加齢に様々な要因が老化というのに加速をかけて人様々となって表れてきます。

この血管壁の老化の始まりを自覚できるものに、男性では陰茎内の末梢血管に現れてきます。「朝立ち」といわれる早朝勃起現象の消失や勃起時の硬度の低下で自覚できます。女性では腟粘膜が萎縮、菲薄化し潤いがなくなり、平滑で伸展性を欠くようになってきます。このようになりますと帯下感や掻痒感を訴え、性交痛を訴えるようになります。萎縮性腟炎といわれるものです。男女共に性交時に感じる違和感は老化の始まりといえるのです。50歳周辺に現れてきます。

4-1.高齢男性の性生理

老化は「ハメマラ」から始まると、昔から俗説的にいわれてきました。ハメマラとは男性の老化の進行で、衰えが症状としてあらわれる部位のことを意味しており、平安時代からともいわれています。ちなみに『ハ』は歯(歯槽膿漏や歯肉炎、固いものが噛めなくなってきたことを)、『メ』は目(視力低下、細かい文字が読めなくなってきたことを)、『マラ』は梵語の“mara”から男性の生殖器官(ED:勃起障害や尿の切れの悪さ)を意味しているというものです。9


.加齢とともに精巣の機能が低下してきます。男性ホルモンであるテストステロン分泌も減少してきます。男らしさに翳りをみせ始めてきます。先ず、男性の勃起力の低下に気が付かれることも多いでしょう。特に顕著に表れるのが朝起きたときにみられる「早朝勃起」がなくなることで自覚されるのではないでしょうか。

この早朝勃起現象の消失や勃起力(硬さ)の低下は50歳周辺からみられ始めるようです。セックスの最中もときに途中で萎縮する中折れ現象にも遭遇することがあります。副性器の前立腺や精嚢腺も機能低下がみられ、産出される精液の量も減少していきます。若い時期の半分の量にまで減少していきます。また、射精時に感じていた「射精不可避感」や「射精切迫感」を感じることなく射精してしまうこともあるでしょう。射精時に得られるオーガスムも弱くなってきます。セックスに対する自信が持てなくなってしまうこともあるでしょう。精神的なストレスを伴い、体力の低下と相俟って性欲も少しずつ失われてきます。セックスレスなどへのネガティブの連鎖に追い込まれてしまいます。

この「性に対する情熱の消失」の他に、血管の衰えが高血圧などの心循環器系疾患、脂質代謝異常からくるものもあります。予備軍を含めますと2千万人にも及ぶと云われています「糖尿病」も患ってくる男性も多いようです。前立腺も加齢によって肥大していきます。前立腺肥大や前立腺がんも、ときには男性に襲い掛かることもあります。このような老いとともに様々な多臓器疾患は、性機能を著しく傷つけていきます。まさに枯れた老いを感じ取っていくことになります。

男性は陰茎の「勃起力」というものを通して老いを感じてくるようです。50歳周辺から感じるようになってきますが、個人差は大きいようです。しかし多くの男性において性欲は強く残されたままです。セックスをしていても硬度が少しずつ失われていることに気がつきます。他のことに気が取られてしまいますと萎えてしまうこともありえます。また、オーガスムを感じる射精の時も精液量が少なくなっていますし、射精時に起きる精液が後部尿道口に排出される現象(エミッション:極致感)と会陰筋の律動的収縮によって尿道から体外へ射出される現象(イジャキュレーション)の二段階に分けられますが、この差がなくなり極致感も弱く、しかも射出力も低下している関係から若い頃に比べてオーガスムという悦びはそれほど強くはありません。

4-2.早朝勃起の消失は末梢血管の老化の兆し

勃起現象は陰茎海綿体に陰茎深動脈かららせん動脈を介して海綿体内の毛細血管網へと血流が海綿体内に入り込み、白膜下静脈叢から海綿体外に流出する血液を膨張した海綿体白膜が貫通静脈を強く圧迫して遮断してしまい。陰茎の硬度が増すのです。加齢によりこの白膜の面積が減少して硬さが維持できにくくなってしまうのです。

早朝勃起というのは、性的興奮時に起きる勃起とは異なり、夜間のレム睡眠時に副交感神経系が活性化され交感神経系よりも優位になります。内臓などの様々な臓器を刺激してくれるのです。陰茎もその刺激を受け勃起が起きます。レム睡眠時ですから、夢などをみていたり、寝言を云っていたり、寝返りをすることもあるでしょう。眠っている間は気が付かないでしょうが、明け方の最後のレム睡眠時に目覚めた時に、勃起していることに気付くのです。

札幌医大名誉教授で日本男性医学会理事長の熊本悦明氏は、「レム睡眠時の勃起は、生き物・男として非常に重要なのです。生き物・人間は、寝ているときに全機能が寝て休んでしまえば、死んでしまうので、夜の神経である副交感神経が定期的にアクセルを踏んで、内臓を刺激しているのです。丁度車がハイウエイを走行中に、何もしなかったら止まってしまうから、時々アクセルを踏み、止まらないようにするのと同様に、人間も、睡眠中レム睡眠時に副交感神経のアクセルが踏まれており、その時に腸が動き、夢をみたり、寝言も言うし、また寝返りもする。その時に、ペニスも内臓の一部として、腸と一緒に反応して自然に勃起している訳です」と語っています。

早朝勃起の消失、若しくは勃起力が落ちてきたと思われたら、血管系の老化を意味していますので心血管障害の初期症状と考え、医療相談をされることを先ずは勧めたいところです。

4-3.女性の性生理

45歳周辺からの更年期に卵巣の機能低下によりエストロゲン分泌は急激に減少します。この急激な減少に対し、脳にある視床下部(間脳)は卵巣に働きなさいと脳下垂体に指令をだして性腺刺激ホルモン(卵胞刺激ホルモン:FSH)の分泌を促します。それに卵巣は応えることができません。今迄は視床下部と卵巣はお互いに反応しあって協調していたのです。視床下部の傍にある自律神経系は不協和音を奏でるのです。それが基で様々な不定愁訴を訴えるようになるのです。のぼせや熱感、発汗亢進、動悸などの血管運動神経系症状を呈します。これが更年期障害というものです。その他にも不安、不眠等の精神神経系症状、疲れや肩こり等の運動神経症状を訴えることもあります。これらは更年期の間にもたらされますが、その後、老年期に入ってもエストロゲン分泌は少ないままで続きます。8


その他にエストロゲンの分泌低下は様々な弊害をもたらします。先ず、腟に対しては萎縮、菲薄化をもたらします。腟の潤いがなくなってきます。充分な腟の潤いがなければ、その中でのセックスは性交痛を訴えることになります。性交痛は性反応を損ないますし、骨盤底筋群の老化によりオーガスムの時間も短縮し快感も減少していきます。

萎縮菲薄化した腟内は酸性度も低下しますので乳酸桿菌の減少と相俟って腟自浄作用が低下し異常細菌叢が形成され帯下感、掻痒感、感染性腟炎を引き起こしかねません。更に、骨盤底筋群の老化は尿失禁や頻尿、排尿時違和感等といった排尿障害を引き起こしたり、子宮下垂や子宮脱等にも及ぶことがあります。

肌の弾力性は失われ、艶やきめ細かさも失われていきます。悪玉のコレステロールが増えて、高脂血症等といった脂質代謝異常、さらには骨吸収も失われ、骨がスカスカになる骨粗鬆症にも見舞われることになります。脳内の血流の循環も悪くなっていきます。これらを維持していたのは女性ホルモンであるエストロゲンの為せる業だったのです。

4-4.高齢女性の性反応

マスターズ&ジョンションによりますと、腟内の潤滑化が遅くなり、腟の拡張力も低下し、エストロゲンの減少から、腟壁の萎縮、菲薄化に伴い襞も少なくなって、腟腔全体が萎縮した状態となります。オーガスム期が短くなり、消退期も早くなると指摘しています。若い女性ではオーガスムが近付くと腟の開口部から3分の1位に膨らみが生じてきますが、高齢になりますとそのオーガスム隆起の収縮回数も半減し、肛門括約筋の収縮も少なくなると云われています。

性的刺激によってクリトリスは膨張し、クリトリス亀頭は小陰唇の包皮の下に後退していきますが、大陰唇や小陰唇の脂肪組織の減退と弾力性が低下していますので、直接的な刺激には疼痛を伴うことがありますので注意が必要だと指摘しています。

加齢とエストロゲンの低下によって女性の生殖器は退行変性していきますので、充分に時間をかけた前戯が必要で、腟内の潤いを確認されてから受け入れるようにしなければなりません。

4-5.生殖器系と廃用萎縮の関係

廃用萎縮、という言葉があります。廃用症候群ともいい、動かさない筋肉などが萎縮し機能不全を引き起こすことなどを指します。生き物は使わない機能はなくしていこうとする働きがあります。寝たきりで長くいた場合、骨や筋肉が衰えてうまく動かせなくなります。このことを廃用筋萎縮と呼んでいますが、廃用萎縮は健康な人にもおきるのですが、高齢になることによって無駄なものをできるだけ排除しようとする機能です。

勃起が不十分だから、性交痛があるからと言って、セックスから遠ざかると、その機能は益々衰えて使用不能に陥ってしまうのです。性機能低下を感じ始めたらお互いの努力で、勃起力をたかめたり、腟内の潤滑を充分に促すような手助けをすればよいのです。その努力がお互いの連帯感を増し歓びも大きなものとなります。お互いの絆が強く結ばれていくのです。いつまでも若々しく保つことができるのです。

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高齢化時代で話題となった『高齢者の性』

3高齢化時代で話題となった『高齢者の性』

少子高齢化社会を迎え、1985年に九州の一地区で話題を醸しだした「高齢化社会」問題がありました。それは、還暦を超えての「性(セックス)」、はたして「いやらしい性」「汚らしい性」なのでしょうか?還暦を過ぎて、再び春が訪れるという話に転じてみましょう。

「新春の鹿児島の県北・出水平野を舞うツルの群れ。翼を伸ばしたまま、何羽も何羽も滑空する。その下を一台ずつ自転車を押しながら、幸せそうに語り合い、ゲートボール場に急ぐ一組の老夫婦の姿があった。出水市西出水町の無職、胡摩ヶ野勇一(74)フジエ(71)さん夫婦は、なかなか新婚気分が向けない。…」で始まる南日本新聞社編の『老春の門』の冒頭の一節です。

これは1980年に入って高齢社会が話題となり始めた頃に、鹿児島の地方新聞社が「老春の門」と題して老人問題を取り上げた連載物で大いに話題を呼びました。それをミネルヴァ書房から1985年に出版されたものからの抜粋です。

老人の割合が全国三位と高く、全国平均の15年先を歩いている鹿児島県で取り上げた老人問題の企画連載物で昭和59年度の日本新聞協会賞(編集部門)を受賞したほどで、授賞理由も「優れた視点、社会的インパクトは、事実の積み重ねを基本とした報道姿勢とともに高く評価される」とあり、連載中も読者の大きな反響を呼んだそうです。

3-1.『恍惚の人』より

そのなかの老人の性の問題を取り上げた記事をいくつか紹介してみることにします。『第4章 女と男』の『恍惚の人』の一節に「『トヨ!トヨ!』、深夜、鹿児島市の中心地にある病院の二階二〇五号室から切ない声がもれてきた。明かりが消え、静まりかえった廊下に、その声が響き渡る。病室のドアには『大山トヨ』という女性の名札がかかっている。リューマチで寝たきりのトヨさん(82)が一人しかいないはずなのに、うめき声は明らかに男性のものだ。ドアの隙間から見える病室で、男はベッドのトヨさんの寝間着を解き、体中をなでさすっては『トヨ!』と声をあげている。隣のビルの屋上からさし込むネオンの光に照らしだされた男の顔は、おだやかで、病室は幻想的な雰囲気に包まれていた。…」とあります。その男性はトヨさんの夫・光信さん(83)で三キロ離れた老人ホームに入所しているのです。

トヨさんは10年も前から寝たきりになり、はじめは光信さんが毎日病院に通い女性でもなかなかやれない面倒をみていたのですが、介護の最中に脳卒中で倒れ、本人も恍惚の人となり老人ホームに入所されたのです。「…入所して間もなく『トヨさんのとこへ行く』と言って、さんざん寮母の松本洋子さん(45)を手古摺らせた光信さんだった。ある夜、松本さんは、トヨさんの入院先から突然、電話を受けた。光信さんがトヨさんとしのび会いをしているというのだ。光信さんを引き取りに駆けつけた松本さんは、その夜、トヨさんと体をぴったりくっつけていた光信さんの幸せそうな顔を見た。『男と女は恍惚の人になっても、どんなに年をとっても必要なんだな、とジーンときました。忘れようにも忘れられない光景でした』…」とありました。また、最後に「松本さんは『男女の肌のふれ合いがボケの進行を食い止めたみたいですね』としみじみ語った」と締めていました。

男性は長年の連れ合いが傍にいるだけで生き甲斐を感じ至福な思いで日々を過ごせるようになり、病院に行くときになると身だしなみを整えるようになり、確りとしてきたと云っています。

3-2.『愛すればこそ』より

『愛すればこそ』では歴史のある老人ホームの中を紹介しています。病弱な体を気にしている64歳の国夫さんと行動的で明るい69歳のカズさんのことです。対照的な性格が、歯車のようにぴったりお互いを補い合い、二人の関係を発展させていき、カズさんは国夫さんに愛され自信を持ってきたようで再び女性として目覚め受け入れる心の準備をしていたのですが、国夫さんがそれに応じることができなかったのです。国夫さんは、それを悩み寮母の佳子さん(34)に真剣な眼差しで相談し、病院で診察を受けることになりました。病院の診断では『糖尿病が原因』ということで、「お年寄りのセックスをタブー視するのがよいことなのだろうか。もっとおおらかでもいいのでは」と思い、回復をめざし、食餌療法を続ける国夫さんの良き応援者となっているとありました。

愛されていると確信した時、例え高齢であっても女としての性が目覚めます。それに応えられない病弱な男の思いには図りし得ないものがあります。先に治療だという目標を持たせ、懸命に応えようとさせる支援には大きな意義があります。

3-3.女と男の気持ち

『女の気持』には、「平均寿命の大幅な伸びにしたがって、老人の性的活動も盛んになることは、性は生きている証なのだから、当然のことである。老人たちの性に対する赤裸々な声に耳を傾け、その中から学ぶべきを学び、老後を『生きがいのあるもの』にしていく方策を前向きに考えていくべきではなかろうか。老人の性について、まず『女の気持ち』から迫ってみた」とあり、そこには年齢より10歳は若く見える64歳になる野本ミサさん心打ちが取材記事として語られていました。「夫と死別して14年。苦労に苦労を重ねて息子二人と娘一人を独立させました。ほっとしたのもつかの間、独り暮らしの味気なさ、わびしさに襲われました。趣味の生け花に打ち込んだり、未亡人同士で旅行に行ったりしましたけど、何か満たされないのね。夜1人になると心の中にポッカリ穴があくの。そんな時、ああ私を理解してくれる殿方がそばにいば、胸に顔をうずめていままでのつらさ、わびしさを泣いて訴えたい-という衝動にかられるんです。そんな殿方の身の周りのお世話をしてあげたい、思い切り甘えてみたい、すねてみたい、時にはケンカしてみたいという気持ちが日に日につのります。幸せな老夫婦を歩いているのを見ると、しっとすら感じます。…」とありました。さらに夫に先立たれて8年になる67歳の砂川民子さんは「…女と男の関係?みんな老人は枯れた枯れたと言いますけど誤解です。いくら年を取っても、女の気持は持ってますよ。情が移れば、女は女。人を恋い慕うのに、年は関係ないものです。…」と性は若いうちだけのものではないと語っていました。いくら年を取っても「女は女、灰になるまで…」という大岡越前の母親の言葉が思い起こされます。

『男の気持ち』では「口に言われない寂しさじゃんど。男は、女房というつっかい棒(支え)がとれれば、やっせもはん(だめなものです)。オナゴ(女)がおらん家の中は地獄じゃなあ」と3年前に肝臓がんで愛妻を亡くした71歳の田村実三さんは語っています。さらに「女の声を聞きたい、女と話したい。男友達はしょせん『友情』どまり。女の細やかな『情愛』に触れたかなあ。自分の気持ちをオナゴと分かち合いたい。…」と続けていました。妻を亡くして11年になる67歳の有馬芳則さんを取材した記事では、「居間にポルノ小説がおかれ、恥ずかしながらと子供を独立させるまではガマンしてきましたが、独り暮らしになると『男』の煩悩をどうすることもできもはん。『老人の性はいやらしい』とよく言われますけど、あるものはしょうがない。いい女性と知り合い結婚したくてソシャルダンスを65歳の時覚えもした。…」と続き、編者は「配偶者を亡くした健康な大部分の老人は、これまでの社会通念にとらわれ、虚しい日々を送っているんです。異性と長く接していないから、むしろ老人は若者より性に飢えています。年を取ってからの恋愛は生きがいですよ。他人に迷惑をかけない以上、まわりに気がねする必要は何もない。好みの女性とめぐり会い、楽しい老後を送りたくてしょうがない。二人の声は、配偶者を失った孤独な男たちの本音ではないか…」と括っていました。

「女房は傍にいて支えてくれるもの」という男の思いから「つっかえ棒」がはずされると人は人でいられなくなるようです。

あとがきには、「このシリーズの期間中、『老人の性はきたない』『そっとしておくべきだ』などの批判の声とともに、『ほんとうに780歳になっても異性が恋しいのか』との好奇な質問が取材班に何度となく寄せられた。栄養の改善、医学の進歩に伴う平均寿命の伸び。核家族化、性情報のはんらんの中、老人の性的能力も飛躍的に延びているのである。性の営みを抜きにしても、独り暮らしの老人たちは異性を求めている。そのことが孤独の解消となり、生きがいのある余生を過ごせるカギであることを心の中では叫んでいる。しかし、社会的常識はこうした現実を直視せず、老人の性を『はしたない』『あさましい』と抑圧、閉じこめてきた。行政側もタブー視し、なんら手を差し伸べようとはしない。老人に対しあまりにも非人間的ではないか。性のない生はない。女と男の引きあう力を活用、生きがい対策を講じない手はない」とこの章を結んでいました。

30年経た今もこの言葉が生き続け、今の社会に訴えかけているようです。

南日本新聞社編:「老春の門‐輝け!高齢化社会」株式会社ミネルヴァ書房、京都、1985415日発行より抜粋

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50歳以降の有配偶者は…男女別に

2-450歳以降の有配偶者の状況

私たち日本においては65歳を超えてどれほどの割合で夫婦としていられるのでしょう。1960年での男性は7割で妻の死別が3割弱となっていました。未婚、離婚がそれぞれ1%程となっていました。女性の方でみますと夫との死別が7割で、夫と共に暮らしていたのが3割弱となっていました。未婚が1%、離婚が2%程でした。5


50年後の2010年をみますと、男性では8割が「妻とともに」で1割の上昇を示しており、死別者は1割となり2割減少しています。未婚4%、離婚4%と若干増えていましたが、死別者がより減っていました。女性をみますと約5割が「夫とともに」と2割ほど増えています。死別が4割と50年前に比べ3割の減少です。未婚は4%と離婚は5%と男性を上回っていました。いずれにしても、50年の間には医療技術の革新で著しい「健康増進」が認められ「超高齢社会」がもたらされてきたといえます。

1960年の高齢化率(65歳以上人口割合)が5.7%であり、高齢化社会の手前にあった時代でした。当時の「性」は、「閉経=性の終焉」という考えで、夫を受け入れないのが一般的社会規範となっていたようです。男性の平均寿命は65.3歳、女性70.2歳であり、夫は妻より早逝するもの、妻の性は失われるもの、老齢の性は「嫌らしいもの」、「汚らしいもの」という考えが主流となっていたのです。65歳を過ぎた男性にとって「閉ざされた性」となっていたのです。夫は生きがいを失い、まさに「枯淡の性」とならざるを得なかったようです。

2-52010年時の高齢者の有配偶状態

これを平成22年(2010年)の国勢調査で、50歳以上の有配偶者の状況をみますと、50歳代女性の人口は約820万人で夫のいる有配偶率は640万人ですから78%となります。死別された方はわずか4%にしかすぎません。60歳代になりますと13%に増え、70歳以上になりますと49%となり有配偶率は5割程になっています。70歳前半のみでみますと27%と3割を下回っており、夫を失うのは70歳後半からとなります。6


男性の場合をみますと、50歳代の総人口は810万人で妻のいる有配偶率は610万人の75%となります。死別された方は10万人の1.3%となります。60歳代男性の死別者は3.6%、70歳以上で13.5%となっています。70歳前半では7%程となっており男性の平均寿命の79.6歳と符合していることがわかります。

50歳から74歳までの高齢世帯では、夫婦ともに生活をされているのが76%となり、しかもその半数が夫婦二人だけでの生活となっていたのです。78割が70歳前半まで配偶者とともに生活を送っているといえます。このように配偶者の存在は老年期における孤独を解消し、幸福感や生き甲斐を作り上げた生活を過せるといえるのです。

でもなぜ、70歳を過ぎても男性は、妻が健在であれば生き甲斐を感じて共に永らえるのでしょうか?なぜ男性は女性より短命なのでしょう?性染色体がXYとヘテロの関係が影響しているのでしょうか!性的関係が持てなくなって、性の枯渇として楽しみ、気力の消失が考えられなくもないでしょうか。70歳代に入りますと「枯淡思想」として性的欲望は植物が水分を失い枯れていくように、衰退・喪失感に浸り込んでしまうようにも思えます。

性の視点から捉えてみますと、男性は「与え入れる性」、女性は「受け入れる性」ともいえます。性という扉が閉ざされてしまいますと与える側の気持ち的損失は大きいものとなりかねませんね。「高齢者の性」が鍵を握っているのかもしれません。

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『高齢者の性』 超高齢社会を豊かに生き抜くために…

初夏の昼下がり、古い団地の中にある公園をみていると歩いているのはお年寄りが多い。その多くは女性のお年寄りだ。なかにはステッキを持って足元が危なっかしい姿も目につく。なにか痛々しさを感じるが、男のお年寄りだ。孫を連れて歩いている好々爺もいるが、その動作には活き活きとした張りを感じるのは私だけだろうか。

いま、我われは少子高齢社会にいます。しかも超高齢社会とまで言われる時代となっています。65歳以上の高齢者人口が1990年では10%程でしたが、200015%となり、2012年では23%程にまでにもふくらんできています。団塊の世代が高齢者人口に入り込んできたのです。これからも高齢者人口は増え続けると云われています。

高齢者人口2,958万人のうち男性は1,264万人、女性1,693万人と男3に対し女4の割合になっています。平均寿命は男性79.6歳、女性86.4歳と女性が6.8歳ほど長生きをしていることになります。65歳以上の世帯数をみますと2,013万世帯で全世帯の42%にものぼっています。そのうち夫婦のみの世帯599万世帯(30%)、単独世帯463万世帯(23%)、三世代世帯は18%と少なくなってきています。高齢化社会と云われていた1980年では夫婦のみが19%、単独世帯11%、三世代世帯50%でしたので家庭の構成と機能は大きく異なってきた超高齢社会といえます。夫婦二人でお互いに支え合いながら余生を楽しんでいくことになり、なかには連れ合いを失う方も増えてきています。生殖性で繋がっていた半世紀よりも、さらに長い夫婦生活を送ることになります。そこには「連帯の性」でお互いの絆を深めあうことがこれからの「生き甲斐」となり、それを確かめ合い余生を実りあるものにしていきたいものです。

ここでは高齢者の「性」について焦点を当て種々考えてみたいと思います。

WHO(世界保健機構)や国連の定義によりますと、

65歳以上人口の割合が 7%超で「高齢化社会」(日本は1970年)

65歳以上人口の割合が14%超で「高齢社会」  (日本は1995年)

65歳以上人口の割合が21%超で「超高齢社会」(日本は2007年)

        とされています。

 


少子高齢社会とは、いつ頃から懸念されていたのでしょう?合計特殊出生率が2.0を下回ってきた1970年半ばに始まります。高齢化社会とは1970年頃当時65歳以上の人口が総人口に占める割合が、7%を超えてきた場合と考えられていました。1970年の65歳以上をみますと男性で6.3%、女性7.8%、合わせて7.1%でした。高齢化社会の到来といわれてきたのです。1980年に合計特殊出生率は急速に低下し、1995年では1.42となりました。この時の「高齢社会」は国際的定義によりますと1421%を占めると指摘されており、1995年には14.5%でしたので、高齢社会の到来となったのです。でも更に、2007年頃には合計特殊出生率は1.3と底をつき、高齢者人口も21.15%を超えて「超高齢社会」と打出されてきたのです。

 

高齢化の現状と将来像についてみてみましょう。2005年の総人口は約13千万人で65歳以上の高齢者は26百万人と20%でしたが、2025年では総人口が約1千万減り12千万人となり高齢者人口は30%を超え、2055年になりますと総人口は1億を下回り9千万人となり高齢者人口が40%を占めるようになってきます。しかも75歳以上のお年寄りが4人に1人と推定されているのです。

 この推定値をみますと少子超高齢社会は、これからの次世代に何を語り継いでいけば良いのか強く考えさせられます。

2.高齢者の性を考えよう

 少子超高齢社会のなかで、私たちは様々な問題を抱えています。そこで高齢者の性について考えていきたいと思います。高齢者とは、一般的に65歳以上をさしていますが、ここでは「性」の視点から考えますので50歳以上について捉えていきたいと思います。更年期の項で述べましたように女性は45歳頃より卵巣の機能低下により月経周期が乱れ、50歳初めに閉経を迎えます。45歳頃から55歳の約10年間を更年期と呼んで、そこで訴える不定愁訴を更年期障害と言い多くの女性を悩ませます。また、閉経を迎えた女性は妊娠の恐れから開放されセックスを謳歌するということも反面指摘されています。一方、男性は50歳を越えていきますと早朝勃起の消失などによる性機能の衰えを感じ始める時でもあり、性交能力に自信が揺らぎ始める時でもあります。

 団塊世代が結婚年齢に入った1970年代は、高齢者の性は「嫌らしいもの」「汚らしいもの」と捉えられていました。特に、女性の間では閉経とともに「性の終焉」と多くの方が捉えていたようです。男性の間ではやがて「枯れていくもの」と捉えていた節があります。しかし「高齢化社会」から「超高齢社会」へと移りゆくにつれ高齢者夫婦のみで暮らす世帯が増えてきております。「高齢者の性」がクローズアップされてきているようです。

2-150歳以上の人口はどうなっているのでしょう?

 超高齢社会といわれている今日50歳以上の人口はどれくらいになっているのでしょうか?2012年の厚労省の人口動態統計資料によりますと男性は25.8百万人、女性で30.5百万人となっています。女性の方が約5百万人多いことがわかります。そして女性人口の約半数近くが50歳以上ともいえます。2


 

それを約50年前の1960年の人口に比べますと男女とも50歳以上が3倍強に増え半数近くとなっていることがわかります。まさに少子超高齢社会が構築されてきたと云えます。

2-2.現在の平均寿命は…

 平均寿命の年次推移を追ってみますと、戦後間もない1950年では男性58歳、女性61.5歳でした。以降、1960年に始まった国民皆保険制度などによって急速な医療の発展により健康増進が図られ、寿命が延びて2010年では女性が86.4歳、男性79.6歳となり世界最長寿国となってきました。女性の平均閉経年齢が51歳ですので、1950年では閉経からわずか10年ほどだったのが、今では「生殖の性」を閉ざしはするものの35年間も第二の人生を送ることができるようになってきました。信長が好んで舞を舞った『人間(じんかん)五十年、化天(かてん)のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり、一度生を享け、滅せぬもののあるべきか…』、人生はもはや50年ではなく、80年の時代となってきたのです。3


 

人は一人ではいき難いものなのです。必ず対を為していく生き物なのです。男と女という一つの対なのです。男と女が、そこに生き続ける限り、「性の営み」を欠かすことはできません。妊娠を危惧することのない「性」として、お互いの絆をたかめる「連帯の性」、そして歓びを分かちあう「快楽の性」となって対等の関係となり、お互いが生き甲斐を持ちながら日々を過ごすのです。

 

2-3.なぜ、長寿国に…?「健康管理の徹底」

 1961年に国民皆保険制度が導入されてから健康増進が推し測られるようになり、若くして亡くなるケースが減ってきたことは云うまでもありませんが、この長寿国の背景にはこの50年の間に乳幼児死亡の激減があります。それに加えて生産者年齢層の死亡例が抑えられてきたのです。4


 

国民健康保険や社会保険制度の導入で徹底した国民の健康管理がなされてきました。図では年齢階級別にみた死亡者数の構成比をみたのですが、2010年のグラフをみますと50歳未満で死亡する割合が極端に抑えられています。国を挙げての徹底した健康管理が行われてきたためと容易に想像ができると思います。そこには1955年から1973年の高度経済成長期と相俟って職場環境や生活習慣の著しい改善、食生活、栄養の改善などによって乳幼児や青壮年の死亡例が大幅に低下していたのです。

 

50歳を過ぎると加齢に加えて様々な疾患が健康を損ない多臓器疾患を抱え込むようになります。老化とともに健康損失による死亡例が増えてきます。1960年時をみますと男性では70歳前半にピークを示し、女性は70歳後半と80歳前半が続いています。60年時の65歳の平均余命が男性76.6歳、女性79.1歳となっていました。50年を経た2010年では男性が80歳前半にピークを取り、女性80歳後半にピークを作っています。10歳程伸びているのが読み取れます。

 

死亡年齢のピークをみますと1960年と2010年も同じように男性よりも女性の方が5歳ほど遅れています。生物学的見地からみまして女性の方が長生きできるようになっているためです。

 

 

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