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高齢化時代で話題となった『高齢者の性』

3高齢化時代で話題となった『高齢者の性』

少子高齢化社会を迎え、1985年に九州の一地区で話題を醸しだした「高齢化社会」問題がありました。それは、還暦を超えての「性(セックス)」、はたして「いやらしい性」「汚らしい性」なのでしょうか?還暦を過ぎて、再び春が訪れるという話に転じてみましょう。

「新春の鹿児島の県北・出水平野を舞うツルの群れ。翼を伸ばしたまま、何羽も何羽も滑空する。その下を一台ずつ自転車を押しながら、幸せそうに語り合い、ゲートボール場に急ぐ一組の老夫婦の姿があった。出水市西出水町の無職、胡摩ヶ野勇一(74)フジエ(71)さん夫婦は、なかなか新婚気分が向けない。…」で始まる南日本新聞社編の『老春の門』の冒頭の一節です。

これは1980年に入って高齢社会が話題となり始めた頃に、鹿児島の地方新聞社が「老春の門」と題して老人問題を取り上げた連載物で大いに話題を呼びました。それをミネルヴァ書房から1985年に出版されたものからの抜粋です。

老人の割合が全国三位と高く、全国平均の15年先を歩いている鹿児島県で取り上げた老人問題の企画連載物で昭和59年度の日本新聞協会賞(編集部門)を受賞したほどで、授賞理由も「優れた視点、社会的インパクトは、事実の積み重ねを基本とした報道姿勢とともに高く評価される」とあり、連載中も読者の大きな反響を呼んだそうです。

3-1.『恍惚の人』より

そのなかの老人の性の問題を取り上げた記事をいくつか紹介してみることにします。『第4章 女と男』の『恍惚の人』の一節に「『トヨ!トヨ!』、深夜、鹿児島市の中心地にある病院の二階二〇五号室から切ない声がもれてきた。明かりが消え、静まりかえった廊下に、その声が響き渡る。病室のドアには『大山トヨ』という女性の名札がかかっている。リューマチで寝たきりのトヨさん(82)が一人しかいないはずなのに、うめき声は明らかに男性のものだ。ドアの隙間から見える病室で、男はベッドのトヨさんの寝間着を解き、体中をなでさすっては『トヨ!』と声をあげている。隣のビルの屋上からさし込むネオンの光に照らしだされた男の顔は、おだやかで、病室は幻想的な雰囲気に包まれていた。…」とあります。その男性はトヨさんの夫・光信さん(83)で三キロ離れた老人ホームに入所しているのです。

トヨさんは10年も前から寝たきりになり、はじめは光信さんが毎日病院に通い女性でもなかなかやれない面倒をみていたのですが、介護の最中に脳卒中で倒れ、本人も恍惚の人となり老人ホームに入所されたのです。「…入所して間もなく『トヨさんのとこへ行く』と言って、さんざん寮母の松本洋子さん(45)を手古摺らせた光信さんだった。ある夜、松本さんは、トヨさんの入院先から突然、電話を受けた。光信さんがトヨさんとしのび会いをしているというのだ。光信さんを引き取りに駆けつけた松本さんは、その夜、トヨさんと体をぴったりくっつけていた光信さんの幸せそうな顔を見た。『男と女は恍惚の人になっても、どんなに年をとっても必要なんだな、とジーンときました。忘れようにも忘れられない光景でした』…」とありました。また、最後に「松本さんは『男女の肌のふれ合いがボケの進行を食い止めたみたいですね』としみじみ語った」と締めていました。

男性は長年の連れ合いが傍にいるだけで生き甲斐を感じ至福な思いで日々を過ごせるようになり、病院に行くときになると身だしなみを整えるようになり、確りとしてきたと云っています。

3-2.『愛すればこそ』より

『愛すればこそ』では歴史のある老人ホームの中を紹介しています。病弱な体を気にしている64歳の国夫さんと行動的で明るい69歳のカズさんのことです。対照的な性格が、歯車のようにぴったりお互いを補い合い、二人の関係を発展させていき、カズさんは国夫さんに愛され自信を持ってきたようで再び女性として目覚め受け入れる心の準備をしていたのですが、国夫さんがそれに応じることができなかったのです。国夫さんは、それを悩み寮母の佳子さん(34)に真剣な眼差しで相談し、病院で診察を受けることになりました。病院の診断では『糖尿病が原因』ということで、「お年寄りのセックスをタブー視するのがよいことなのだろうか。もっとおおらかでもいいのでは」と思い、回復をめざし、食餌療法を続ける国夫さんの良き応援者となっているとありました。

愛されていると確信した時、例え高齢であっても女としての性が目覚めます。それに応えられない病弱な男の思いには図りし得ないものがあります。先に治療だという目標を持たせ、懸命に応えようとさせる支援には大きな意義があります。

3-3.女と男の気持ち

『女の気持』には、「平均寿命の大幅な伸びにしたがって、老人の性的活動も盛んになることは、性は生きている証なのだから、当然のことである。老人たちの性に対する赤裸々な声に耳を傾け、その中から学ぶべきを学び、老後を『生きがいのあるもの』にしていく方策を前向きに考えていくべきではなかろうか。老人の性について、まず『女の気持ち』から迫ってみた」とあり、そこには年齢より10歳は若く見える64歳になる野本ミサさん心打ちが取材記事として語られていました。「夫と死別して14年。苦労に苦労を重ねて息子二人と娘一人を独立させました。ほっとしたのもつかの間、独り暮らしの味気なさ、わびしさに襲われました。趣味の生け花に打ち込んだり、未亡人同士で旅行に行ったりしましたけど、何か満たされないのね。夜1人になると心の中にポッカリ穴があくの。そんな時、ああ私を理解してくれる殿方がそばにいば、胸に顔をうずめていままでのつらさ、わびしさを泣いて訴えたい-という衝動にかられるんです。そんな殿方の身の周りのお世話をしてあげたい、思い切り甘えてみたい、すねてみたい、時にはケンカしてみたいという気持ちが日に日につのります。幸せな老夫婦を歩いているのを見ると、しっとすら感じます。…」とありました。さらに夫に先立たれて8年になる67歳の砂川民子さんは「…女と男の関係?みんな老人は枯れた枯れたと言いますけど誤解です。いくら年を取っても、女の気持は持ってますよ。情が移れば、女は女。人を恋い慕うのに、年は関係ないものです。…」と性は若いうちだけのものではないと語っていました。いくら年を取っても「女は女、灰になるまで…」という大岡越前の母親の言葉が思い起こされます。

『男の気持ち』では「口に言われない寂しさじゃんど。男は、女房というつっかい棒(支え)がとれれば、やっせもはん(だめなものです)。オナゴ(女)がおらん家の中は地獄じゃなあ」と3年前に肝臓がんで愛妻を亡くした71歳の田村実三さんは語っています。さらに「女の声を聞きたい、女と話したい。男友達はしょせん『友情』どまり。女の細やかな『情愛』に触れたかなあ。自分の気持ちをオナゴと分かち合いたい。…」と続けていました。妻を亡くして11年になる67歳の有馬芳則さんを取材した記事では、「居間にポルノ小説がおかれ、恥ずかしながらと子供を独立させるまではガマンしてきましたが、独り暮らしになると『男』の煩悩をどうすることもできもはん。『老人の性はいやらしい』とよく言われますけど、あるものはしょうがない。いい女性と知り合い結婚したくてソシャルダンスを65歳の時覚えもした。…」と続き、編者は「配偶者を亡くした健康な大部分の老人は、これまでの社会通念にとらわれ、虚しい日々を送っているんです。異性と長く接していないから、むしろ老人は若者より性に飢えています。年を取ってからの恋愛は生きがいですよ。他人に迷惑をかけない以上、まわりに気がねする必要は何もない。好みの女性とめぐり会い、楽しい老後を送りたくてしょうがない。二人の声は、配偶者を失った孤独な男たちの本音ではないか…」と括っていました。

「女房は傍にいて支えてくれるもの」という男の思いから「つっかえ棒」がはずされると人は人でいられなくなるようです。

あとがきには、「このシリーズの期間中、『老人の性はきたない』『そっとしておくべきだ』などの批判の声とともに、『ほんとうに780歳になっても異性が恋しいのか』との好奇な質問が取材班に何度となく寄せられた。栄養の改善、医学の進歩に伴う平均寿命の伸び。核家族化、性情報のはんらんの中、老人の性的能力も飛躍的に延びているのである。性の営みを抜きにしても、独り暮らしの老人たちは異性を求めている。そのことが孤独の解消となり、生きがいのある余生を過ごせるカギであることを心の中では叫んでいる。しかし、社会的常識はこうした現実を直視せず、老人の性を『はしたない』『あさましい』と抑圧、閉じこめてきた。行政側もタブー視し、なんら手を差し伸べようとはしない。老人に対しあまりにも非人間的ではないか。性のない生はない。女と男の引きあう力を活用、生きがい対策を講じない手はない」とこの章を結んでいました。

30年経た今もこの言葉が生き続け、今の社会に訴えかけているようです。

南日本新聞社編:「老春の門‐輝け!高齢化社会」株式会社ミネルヴァ書房、京都、1985415日発行より抜粋

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